―― 日立神奈川争議第二次総括集より ――

中村裁判の背景と動機、経過
 日立神奈川争議団に所属していた中村由紀子が、会社との争議解決後に「日立神奈川争議団」の代表者佐藤明(団長)を相手取って、解決金請求裁判を横浜地裁に提訴したのが、04年2月4日です。そして事件は横浜地裁判決、東京高裁判決が出され、佐藤は全面的に敗訴し、上告を断念したため、東京高裁判決が確定し終結しました。
 この裁判は多くの問題点を包含した事件でした。それらについて、改めて問題点の整理をし、中村と日本共産党の不当性を社会的に問うものです。

1.中村の裁判提訴の動機
 02年11月24日、中村が報告集会欠席と退団表明、解決金の9分の1の1100万円を要求する内容証明付の文書を団に送付してきました。以降中村は団会議への出席要請にも一切応じず、解決金の使途についての話し合いが困難となりました。団は中村との話し合いを進めるために、2003年3月10日から8月27日まで中村と佐藤団長の話し合いが6回行われ、一定の解決方向が見えていましたが中村が態度を急変し、話し合いが残念ながら打ち切られました。
 その後、中村は裁判の準備を進め、大川弁護士から佐藤団長宛に03年12月3日付けの催告書が送られてきました。弁護士との話し合いは、04年1月10日、2月2日と行なわれましたが合意を得られず04年2月4日中村が横浜地裁へ提訴しました。
 中村本人は解決金を少しでも多く自分のものにしたいとする金銭欲と中村の性格面などを争議団員に指摘されたことに対し反省するのでなく被害妄想的な考えから争議団員に対する一恨みがあるように思われます。
 しかし裁判まで起こした本当の狙いは、神奈川争議団共闘会議結成(77年)以来、小田急、雪印、山武、NKK,東電、千代田化工などの差別争議を自主的、主体的な闘いにより勝利解決してきた神奈川の反合権利闘争の運動と組織を、潰そうとする日本共産党の方針に従って起したものであり、単に中村が個人で起こした裁判でないことは明らかです。
 日本共産党は日立神奈川争議団の自主的運動に対し、指導に従わないとして、闘争中から介入を行い争議運動に対し攻撃を行ってきました。しかし日立神奈川争議団は神奈川の反合権利闘争の伝統と闘いを学び継承し闘って勝利したことから、日本共産党は中村をつかって争議団が自主的に決めるべき解決金の配分と使途について「解決金は闘争資金として残すな」「他の争議に解決金を貸してはならない」「全労連と一緒にやるべき」、「神奈川の支援共闘が牛耳っている」などの不当な言いがかりをつけ、裁判の場で金銭をめぐる争いに日立神奈川争議団を引き込み、神奈川争議団、支援共闘を悪者に描き、反合権利闘争の運動と組織を潰そうと狙ったものです。
 このことは中村が準備書面で「争議団の名称を残して今後の活動を推進することにより、被告の背後にあって県内の労働運動に対する独自の支配権を確立することに固執する神奈川争議団を支持する結果になることが原告として不本意だったから」と述べていることからも明らかです。

2.解決金の配分を話し合いで解決せず裁判に訴え、それを支援した日本共産党、神奈川労連、一部弁護士の誤り
 中村裁判の本質は日本共産党が自主的主体的な運動を進める神奈川の反合権利闘争に対し、日本共産党中央委員会の指導に従わないという理由から、中村の個人的な欲望を利用し、解決金の配分を話し合いで決めるのでなく裁判所に訴え、その裁判を利用しながら、日立神奈川争議臥神奈川争議団共闘会議などの神奈川の反合権利闘争の組織と運動を破壊する目的を持って起こされた裁判であり、大衆運動への政党の乱暴な介入、攻撃であることです。
 争議団が資本との闘いで解決金を勝ち取り、それをどのように配分し、どのように使うかは争議団自身が決めるものです。中村の解決金請求裁判は、日本共産党の指導のもとに当時自由法曹団神奈川支部の大川隆司支部長が主任弁護士となり先頭に立って支援し、共に闘った仲間を被告にして解決金の配分を話し合いで決めるのでなく裁判で争うという点で重大な誤りを犯しています。また裁判を起こした中村を、日本共産党や神奈川労連が支援するという前代未聞の事が行われたのです。
 中村が裁判を起した目的は、神奈川の反合権利闘争の運動と組織の破壊と共に中村自身の解決金の配分金の増額を狙って起した不当な裁判です。この不当性を裁判で闘う中でその狙い、本質を明らかにし、誤りを指摘し広くしらせながら、相手の狙い、「組織破壊」「解決金の増額配分」を明らかにし、裁判で勝利する中で、「組織破壊」の攻撃を阻止するという意義のあるたたかいでした。同時に、この攻撃を仕掛けてきた日本共産党や全労連、神奈川労連の誤り、介入の不当性を裁判の場でも運動の場でも明らかにし、支配介入、分裂攻撃、組織被壊攻撃をやめさせるという大きな意義を持っていました。

3.佐藤団長の身勝手な行為で壊された団の団結
 裁判がはじまったばかりの04年6月10日 第2回裁判進行協議がおこなわれましたが、この日は審尋室で進行協議が行われ、団員と支援共闘会議の人が補佐人として入りたいと要求しましたが認められず、白石弁護士と佐藤だけが入っていきました。佐藤は田中裁判長から和解の打診をされ、事前の打ち合わせ会議で和解は断ると決めてあったのにその場で断わりませんでした。そのことを裁判が終わってから指摘され、「もうやってられない」等と言い、勝手に団長の責任を放棄し、次の日の6月11日に、団の事務局と支援する会代表委員宛に団長辞任の文書をだしました。その内容は「当初から裁判には身が入らなかったが団長の責任から闘ってきた、今日の結果は自身の体力と心身の限界を感じた」と自分の力のなさを嘆いたものです。しかし、団としては、団長が辞めれば中村側にも影響を与えるし、支援者にも影響を与えることになるので佐藤に団長をなんとか続けてほしいと説得しました。しかしこのとき佐藤団長は自分の弱さを憂いて辞めると言ったのではなく、打ち合わせ会議で決めたことを言わなかったことを指摘され、それに腹を立てて辞めると言ったのです。本来なら皆で決めたことを言えなかったのだから自身の弱さを反省し、今後はこのようなことがないようにするのですが佐藤はそうはせず開き直ったのでした。
 結局この裁判は佐藤が裁判闘争勝利のために積極的に闘うのでなく、裁判を早く終わらせるために、日立神奈川争議団員に事実を知らせず、非民主的団運営を行い、果ては争議解決金まで団に無断で使用する使途不明金問題まで引き起こしました。そうした状況ですから、裁判に勝とうとする積極的運動は行われず、日本共産党や神奈川労連の介入問題でも、争議運動への介入を世論に訴えて正していこうという運動について佐藤はやらせない方針を強引に押しつけ、そのことから団員同士の不団結が生まれ、支援する会の役員のなかにも不団結が生じ、神奈川の反合権利闘争にも影響を及ぼしました。

4.横浜地裁での取り組みの問題点

(1)佐藤団長に闘う意思が殆どなかったこと
 裁判闘争を進めるにあたっての民主的運営がなされなかったこととその原因は、団長であり、被告本人である佐藤が、この裁判を闘う意志が殆どなかったことがまずあげられます。
  ①第2回裁判(進行協議)での佐藤の対応
  ②団長辞任表明
  ③党からの処分に対する態度やその他の言動
 佐藤は、「党の処分は当然、処分されることをやったからだ。裁判は一審までだ。ただちに日立神奈川争議団、支援共闘は解散だ。」と、主張しましたが、ここには佐藤の「裁判の本質」に対する意見の相違がはっきりと表れています。
 中村裁判はなぜ闘ってきたのか、党の介入との闘いについて佐藤の「除籍されたのはそうしたことをやったからであって、闘う必要はない。自分でそうしたので、当然の党の措置だから、不当だとして闘わない。」ということでは、中村裁判を闘う基本が違ってくるし、効果的な闘いもできなくなることが明らかです。

(2)団長のこうした姿勢が全体に反映することになりました。
 団内、団と支援する会、支援する会内に不団結が生じ、裁判闘争の民主的運営が行われなくなり、個々人の自発性、創造性がなくなり、裁判の準備書面作成、証拠探し、証人尋問、反対尋問などもまったく不十分なものとなりました。
  団員、支援する会役員が方針で一致できず団結できませんでした。
  裁判対策会議にメンバーがきちんと出席せず、そこでの合意が出来ませんでした。

(3)裁判闘争が支援する会○○事務局次長の主導となり多くの意見が切り捨てられたこと
 法廷対策会議メンバーである池田代表委員が、法廷対策会議に出席したら、○○事務局次長は不快感を顕にし、「誰が池田を呼んだのか」と団員を詰問し、その後○○事務局次長はしばらく、裁判対策会議、支援する会事務局に出席しませんでした。
 裁判での証拠提出をめぐって、一致しないものを反対者のいない弁護士との打ち合わせ(法廷対策会議)で決め、それを裁判対策会議に押し付けようとしたことなど裁判対策会議での不団結が生じました。
 準備書面の内容について、意見が出されても、これを無視し、裁判所への提出期限に間に会わないと言う理由で、直前に出された○○事務局次長案を殆ど採用したものが、裁判所に提出されてしまうことが続いていました。
 準備書面の最終まとめは佐藤がやるとして、誰からどういう意見が出たかも明らかにせず、佐藤が「修正」した文書が正式文書となり、裁判所に提出されました。「佐藤団長が書いた」とされる文書が多数ありますが、佐藤でなく、○○事務局次長の書いた文書がそのまま、佐藤団長名で出されることがしばしばでした。
 裁判闘争は○○事務局次長主導となり、他の人の意見を取り入れようとしなくなりました。

(4)弁護士の適任性に大きな問題があったこと
 1)被告側弁護士は適任か、共産党員の弁護士はこの裁判に適切であったのかという問題です。党員である以上、党規約を「守れ」、「守る」という問題があります。攻撃をしかけてきているのが、党の方針のもとにやっている共産党の弁護士であり、こうした状態で共産党員の弁護士を信頼できるか。情報が筒抜けではないかとする意見と白石弁護士は大丈夫とする意見の二つにわかれました。
 2)白石弁護士の発言(6月10日裁判報告集会)
「最初から話を問いていれば、引き受けなかったかも知れない」「原告と今後の裁判の内容で意見が一致していない」「私も自由法曹団員である」と発言
 3)弁護士(白石弁護士)が、裁判に勝利する意欲があまりなかった。
  ①日本共産党に関する準備書面には名を連ねなかった。
  ②勝つための法理論、証拠調べ、証人尋問にも熱意がなかった。
  ③裁判の判決日は自分が法廷に出て、受けたのに、当日欠席した。
  ④判決報告集会には参加したが、その場で、辞任を表明した。
  ⑤打ち合わせは、自分の事務所で行うのは、無料であったが、横浜での団や支援する会メンバーとの交流会に参加するのにも、1回3万円を請求した。
 これらの点から、弁護士の適格性に大きな問題があったことが明らかです。

5.横浜地裁判決と団内の論議
 06年1月26日の地裁判決は、私たちの主張を全面的に退け、中村側の主張を一方的に認めた中村請求金額全額の1100万の支払い、仮執行まで付いた、ひどい「全面敗訴」の判決となりました。
 判決直後の団会議では、評価については「判決内容は中村側の主張を全面的に認めた許されない全面敗訴判決である」と全員の意見は一致したものの、控訴すべきかについては意見が分かれました。
 現在の団の状況(不団結)では控訴して闘うことは出来ない(佐藤・浜永・原・関・奥脇)とする意見と、全面敗訴判決であり私たちの主張は全く認められていない。直ちに控訴して闘っていくべき。(須崎・園田・小島)との意見に分かれ一致しませんでした。
 しかし、判決内容があまりにもひどく支援者からも控訴して闘わないのはおかしいとの意見が出て、佐藤は控訴せざるをえなくなり、判決に仮執行宣言が付いたことから、佐藤個人の財産が強制執行される恐れがあることから、佐藤は翌1月27日、控訴及び強制執行停止の手続きを行いました。
 その後団会議で裁判の扱いや今後の対応について議論を行ってきましたが、控訴審裁判に対しての考え方として、佐藤は、「今の不団結状況なら控訴を取り下げ、裁判をやめる。この団はもう団結出来ない。」と当初主張しましたが最終的に佐藤・浜永・原・閑・奥脇の5名は、「控訴審は敗訴判決を覆すために行う。日本共産党など裁判の背景については一審で必要な主張は終了したので行わない。多くの支援者から日本共産党の事は扱うべきでない、扱えば支援できないと言う人が多くいる。支援者がいなくなる。控訴理由書作成、弁護士の選任は裁判を進めるか、やめるか決まってから進めるべき。意見が一致しない場合多数決で決める。」と主張しました。
 また、園田・須崎・小島の3名は「①どの様にすれば団結することが出来るか論議し裁判を続けるべき。②団がまとまり闘うために意見の相違点ばかりを論議するのでなく裁判の目的、勝ち取るものの論議が必要。争議団の団体性、解決金の性格について、同意書、日本共産党の介入等について、新たな証拠集め、弁護士・学者等の意見や見解、判例の調査等が必要であり、団結し闘っていく為に裁判をどう闘うか(新たな立証、運動など)を討議続けていく。③日本共産党に触れない事はこの裁判の本質を明らかにしないことになる。④期限の問題もあり控訴理由書の作成、弁護士の選任を早急に進める。⑤多数決(強行採決)で決めないで論議を続けながら進めていく。」
との意見に分かれ、まとまりませんでした。
 こうした中で、佐藤が控訴して闘うための合意書を提案しました。

合意書の内容
 1.団内意見の一致している「敗訴判決の理由を覆すため」に控訴する。
 2.「上部組織」、裁判の背景などについては新たな問題が生じない限り扱わない。
 3.団は意見の一致したものでたたかい、団則で団結してたたかう。

 3月14日団会議では、この合意書を強行採決で「決定」しました。(須崎、園田、小島は強行採決に反対し、不一致点の継続討議を提案、採決に加わりませんでした)

この合意書は、団内で意見の異なっている内容を保留として扱うのでなく一方の意見を強行採決で押しつける内容になっており、これにより団内の不団結はより増してきました。その後多数決は民主主義だと主張し強行採決による団員への押し付けが強行されていきました。

6.高裁での経過と判決の不当性
 裁判の取り組みや宣伝行動などの運動についても、小島民ら3名の主張はほとんど受け入れられず、多数決を団決定として押しつけ、団内聞題を外部に話すことは団則違反で処分するとの言論封じ込めが行われる中、06年10月19日に高裁判決が出されました。
 判決は、中村が裁判を起こした狙いと本質を無視し、自主的に存在する組織を否定し団結を被壊する不当判決です。
 会社との訴訟で勝ち取った解決金は会社から弁護士に支払われました。弁護士は弁護士費用を差し引いた金額を日立神奈川争議団名義の銀行の通帳(代表、佐藤明)に振り込みました。支払えない理由として、会社との争議解決にあたって、日立神奈川争議団員が解決金の処理に当たっては全員の同意が必要であると署名した「同意書」が作成されていることも主張したのでした。しかし、裁判所はこの主張を認めず佐藤に中村が要求した解決金全額1100万円(解決金総額から弁護士費用と争議の闘いに費やした金額の一部を除いた残金の9分の1(団員9名)とする金額)を中村の持ち分として支払いを命じたのです。
 東京高裁の判決を受けて佐藤は最高裁に上告せず、判決は確定してしまいました。佐藤は、判決確定後ただちに中村に利息を含めて1200万円余を解決金の中から争議団全員の同意もなしに相手側大川弁護士を通じて支払ってしまったのです。

7.反合権利闘争・争議団運動に大きな障害をつくり出し、歴史の歯車を逆行させた日本共産党
 この裁判は今後の反合権利闘争・争議団運動に大きな障害をつくり出しました。
 差別是正闘争で得た解決金の使途・配分は訴訟当事者の話し合いで決めるのではなく、解決金すべてを当事者に均等に配分することを当事者個々人の基本的権利として裁判所に判決を出させてしまったことです。日本共産党や弁護士が中村に働きかけてこの結果を作り出した責任は大きなものがあります。
 これまで、解決金の配分は、弁護士謝礼、運動の総括費用、今後の闘争資金、個人配分などは争議団として話し合いで決めるのが常識になっていました。
 しかし、この判決では、これらの費用はすべて、まず解決金を均等配分し、各個人がそれぞれいくら出すかを決めてよいということになります。個人配分額も差別金額が各人によって異なっていますし、裁判に名前だけを出して運動をなにもしない者も、身銭を切って夜も寝ずに頑張った者も平等の権利を有し、解決金を闘いとった後は平等に配分しなければならないことにもなります。こうした解決金の処理が裁判所で出されたのですが、今後、少数派の自主的団体の闘いの団結に大きな問題点をつくり出しました。これでは、資本との長く厳しい闘いに団結して闘えません。

中村裁判は中村自身の私利私欲もありますがそれを後押しした日本共産党の神奈川の反合権利闘争潰しの狙いと不当な攻撃のもとで作り出された裁判と判決であり、自主的大衆組織の活動を「党の指導に従わない」として弾圧した日本共産党、その方針を積極的に推進した一部自由法曹団弁護士の誤りと責任は根本的な原因であり追及されなければなりません。
 日本共産党が党の方針に従わないとして、日立争議で日立神奈川争議を排除し、宮崎を団からいち早く脱退させ分裂解決させ、その後中村に佐藤を相手に裁判を起こさせ、自由法曹団の神奈川支部長を弁護団長にし、神奈川労連の澤田事務局次長を中村由紀子勝たせる会の役員に据え、多くの神奈川労連役員が業務中でも裁判傍聴に参加し、裁判所の門前で毎回ビラ配布を行い、「裁判完全勝利報告集会」には、神奈川労連菊谷議長らが参加して、勝利を絶賛するなどの介入を行いました。加えて日本共産党は日立神奈川支援共闘会議の池田代表委員、日立神奈川争議団佐藤団長をこともあろうに除籍処分にまでしたのです。そのうえで、この裁判を支援してくれている党関係者に対しては「裁判に行くな、行けば教育的措置をとる」と処分を背景にしての脅かしを行いました。また、当事者に対して「裁判に党の文書を出すな」との脅かしを行うなど、裁判制度の根幹にかかわる部分まで組織的な介入をしてきました。
 傍聴などの日立神奈川争議団に対する日本共産党の大衆運動、組織への介入は、日立争議団やそれを支援する人たちの中にも不団結、分裂を引き起こしました。日立神奈川争議だけでなく、東芝争議でも日本共産党は介入し、東芝争議団を分裂させ、解決も分裂解決としてしまいました。判決では日本共産党の介入問題は触れられていませんが、日本共産党の不当な攻撃をこの裁判の中で党発行の文書を証拠として提出し、日本共産党が争議団運動へ介入して自主的な運動を潰そうとしている実態を一定程度明らかにしました。
 こうした神奈川の反合権利闘争にたいする日本共産党をはじめ関係団体の介入の誤りは、いまや明白になっています。誤りを認め、謝罪し、処分や方針を撤回すべきです。
 また佐藤の個人的思惑から、中村裁判の狙いや日立神奈川争議団のみならず神奈川の反合権利闘争に掛けられた攻撃であることも投げ捨て、その不当な判決の他の組織への影響の大きなことも無視し、上告もしないで勝手に確定させてしまったことも大きな誤りです。今後この判決が判例として、反合権利闘争を進める多くの仲間に支障を及ぼすことは明らかです。 この判決を確定させてしまった佐藤には大きな責任があります。

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